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    <title type="text">塾長ブログ</title>
    <subtitle type="text">静岡県の個人指導といえば和田塾-和田塾は静岡県内（浜松・磐田・袋井・新居・静岡）に展開する創業35年の安心と実績の個人指導学習塾です。</subtitle>
    <updated>2012-05-20T20:12:24+09:00</updated>
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        <title>なぜ勉強をするのか? （その１）</title>
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        <published>2012-05-10T11:13:53+09:00</published>
        <updated>2012-05-10T11:13:53+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">&nbsp;
春になると様々な学習塾のホームページを見ながら、学習塾の先生方がどんなお取り組みをされておられるのか、どんなお考えを持っておられるのか、勉強をさせて頂く事にしてい...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;</p>
<p>春になると様々な学習塾のホームページを見ながら、学習塾の先生方がどんなお取り組みをされておられるのか、どんなお考えを持っておられるのか、勉強をさせて頂く事にしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その中で、「何のために勉強をするのか目的をはっきりさせる」といった表現が年々多くなっていると感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つまり、「何のために勉強するかがはっきりしていないから勉強ができないケースが多い」という事を言っているのだと思います。そして、塾で「何のために勉強するかをはっきりとさせます」ということでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>何のために勉強をするのか？<br />
はっきりと目標設定ができるお子さんは良いですが、私の小、中、高校の学生時代を振り返ってみても、明確な目標を掲げて、その実現のために邁進するというのはなかなか難しいのではないかと思うのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、<br />
短期的に次のテストでは○○点を目指そう！<br />
といったような、目先の目標設定はできたとして、そして、それを目指すことはできたとしても、本質的な意味で 「なぜ勉強をするのか」 といった深い意味で捉えた場合、生徒本人はもちろん、どんな塾でも大きなテーマであることはまちがいありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、これらの話を裏付けるように、保護者の皆様とお話をする中でも、よく 「この子は将来したい事がまだ見つからなくて勉強に身が入らないんです」 といった言葉を耳にします。<br />
この話は、特定の親御さんの話では無く、既に一般論化していると思います。<br />
親が（＝社会が）こうした考えを持てば、子供は &ldquo;したい事がみつからないからだめなんだ&rdquo; とか、&ldquo;したい事がないから勉強できない&rdquo; という気持ちは更に強まり、結局は、&ldquo;将来したい事が見つけられない事&rdquo; が、イコール、勉強しない事、出来ない事の理由づけになってしまっているような気さえするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、社会経験の少ない生徒達に、世の中にどんな魅力的な仕事があって、どんな魅力的な世界が自分に向いているのかを知ること、また感ずることは、多様化した現代社会ではますます難しくなっているといってもよいでしょう。<br />
そうした中で、「目標を持ちなさい」、「将来就きたい職業を見つけなさい」といっても、正直なところ無理があるのではないかと思いますし、見つけられないことも自然である様な気もします。 学校では職業観の育成の指導は盛んにされておりますが・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なぜならば、また、例えば・・・といった方が良いでしょうか、私が学生時代、親や先生から「こんな仕事が向いているのではないか」と薦められたいくつかの仕事は、今にして思えば、私がその後の人生の中で選択できたであろう、数限りない職業の中で考えれば、ごくごく一部でしかなかったことを今になって初めて知るのですから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、狭い範囲でも良いから、また途中で変わっても良いから、とりあえず目標を持つ為に具体的な職業や方向性を決めたほうがよいという考え方もありますが、私は敢えて、自分が「これをやりたい」と思うまでフリーにしておくことも良い事だと思っているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、<br />
どうして勉強するのか？<br />
という事に答えを出し、勉強する為の動機づけをするのか？<br />
ということですね・・・</p>
<p><br />
&nbsp;</p>
<p>これは、次回ブログ、一カ月後へのお楽しみという事にさせて頂きます。<br />
このブログを読んで頂いた皆様も是非お考えください。<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>英語を制する者は受験を制す!?</title>
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        <published>2012-04-10T20:53:55+09:00</published>
        <updated>2012-04-10T20:53:55+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">4月に入ると新年度が始まり、やっと全ての受験が終わったという実感がわいてきます。
高校入試はともかく、大学受験は、私達が高校だった30年前と比べますと、ホント受験シーズンが...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>4月に入ると新年度が始まり、やっと全ての受験が終わったという実感がわいてきます。<br />
高校入試はともかく、大学受験は、私達が高校だった30年前と比べますと、ホント受験シーズンが長くなりました。様々なスタイルの推薦やAO入試、前期試験、後期試験・・・など受験スタイルの多様化がその一因ですが、10月から3月末まで、ほぼ半年が受験シーズンと言っても過言ではありません。<br />
受験生の皆さん本当にお疲れさまでした。また、影に日向に支えてこられたご家族の皆様のご苦労にも頭が下がります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、こうして長い受験シーズンが終わって、今受験を振り返りますと、やはり今回も 「英語を制する者は受験を制す」 という印象が強く残りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は、文系・理系に分けた際には明らかに理系でしたし、英語は苦手でしたから、今でもこの傾向が実は面白くないのです。<br />
「英語ができなければ好きな理系教科も希望するレベルや内容で学べなくなってしまうなんておかしい！」と。<br />
「英語は苦手でも、理系教科なら任せて！という人だって多いんだから！」と。<br />
さらには、「日本の英語は単なる受験英語で実際には役立たないんだから！」と。<br />
学生時代を含め犬の遠吠えの様に言ってはみても、むなしい結果に終わるだけです（笑）。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、現実には、理系がいくら得意でも、英語ができなければ希望の学校に進めないケースが多く、特にトップレベルの学校ではその傾向が顕著です。そして、その傾向はますます強まっていると感じるのは私だけではないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先日も、ある高校の英語のF先生と話をする機会がありました。F先生に私のこの想いを話をしたら、「その通り！」と正に膝を叩いて同意して頂きました。その時初めて知ったのですが、何とF先生は、理系受験で大学に進み、後に英語の先生になられたという、ちょっと変わった経歴を持たれ、大学受験において英語の果たす役割を身をもってご経験された方なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>好きと嫌いとにかかわらず、英語は無しでは通れない時代になってきました。（私としては「残念ながら・・・」という表現を使いたいくらいです）<br />
それゆえ、どの学問にも、どの分野でも、必須の共通基礎知識となってきているわけで、何なら日本が日本語と英語の2ヶ国語を公用語としたら子供達が楽になるかもしれないと思うくらいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、日本の受験英語は、<br />
・&nbsp;短時間の一夜漬け勉強が通じる科目ではなく<br />
・&nbsp;学習習慣をつけた学生でないと高得点が取りにくい<br />
・&nbsp;積み重ねによって安定得点につながる<br />
という点において、努力が評価されるという点においては、基礎力を図る良い尺度。<br />
と言える部分もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大学受験のみならず、その前哨戦である高校受験でももちろん同じような事は言えるわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>英語が苦手な私であればこそ言わせて頂くと、「英語はやった分だけ力がつく。辛くても、大変でも、あきらめずにコツコツ努力を重ねる事で、ジワリジワリと得点に結びつく教科。」です。そして、それは、学習の基礎力を養い、他教科の成績アップにもつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今年度はぜひ、和田塾で、英語克服元年。英語力飛躍的アップ元年。にしましょう!!!</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2012.4.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>石毛秀樹選手 (17歳・清水西校２年) に学ぶ</title>
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        <published>2012-02-10T16:33:40+09:00</published>
        <updated>2012-02-10T16:33:40+09:00</updated>
        <category term="挨拶" label="挨拶" />
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            <name>noba</name>
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        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">皆さんは石毛秀樹選手をご存知でしょうか？
昨年末、アジアサッカー連盟の２０１１年年間最優秀選手賞を受賞した清水西高校２年生です。
富士市出身でもあり、静岡県の選手と言う...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>皆さんは石毛秀樹選手をご存知でしょうか？<br />
昨年末、アジアサッカー連盟の２０１１年年間最優秀選手賞を受賞した清水西高校２年生です。<br />
富士市出身でもあり、静岡県の選手と言う事で興味がありましたが、たまたま先日NHKラジオで彼のインタビュー番組を聞く事ができました。<br />
彼の生い立ちから、サッカーへの取り組み、将来への夢など、多方面でなるほどと思う話が出てきましたが、次の内容が私には大変印象に残りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>お父様のアドバイスで続けた練習の中で最も象徴的なものは&ldquo;リフティング&rdquo;。<br />
今日は昨日よりも、明日は今日よりも、絶対に回数を重ねる。それを達成するまでは寝られない。<br />
本当につらい時もありましたし、止めてしまおうと思ったこともありましたが、決めた事を何とか続けたい、その一心で続けました。しかし、その練習があったからこそ今の自分があり、その中で「苦しさから逃げない」という生き方を学びました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>という内容です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「苦しさから逃げない生き方」<br />
これは、胸に刺さりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>進路が既に決まった生徒もありますが、受験の最終盤の今、中学3年、高校3年、浪人生、多くの塾生が目指す学校への入学を果たさんがために日夜頑張っています。<br />
生徒一人ひとりの悩みや苦痛、種類や程度の違いはありますが、受験生は長い間大きなプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、ストレスとも戦って、ひたすら目標を達成するために努力を重ねてきました。<br />
あと少し、踏ん張って、全塾生が目標の学校に進学できる様に心から願っております。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、&ldquo;受験を乗り越えることの価値&rdquo;は、勉強をして知識や実力をつけることももちろんですが、こうしたプレッシャーやストレスと闘いながら目標を目指す中に自らの成長を見つける。実現する。という事が多分にあることは皆さんにも認めて頂けると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>石毛選手が自信を持って「苦しさから逃げない生き方を練習の中で身につけた」と言った様に、今受験に臨んでいる子供達が、同じように「苦しさから逃げない生き方を受験を通して学んだ」と自信を持って言えるように、成長して頂きたいと、石毛選手のインタビューを聞きながら思いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>和田塾のホームページでも触れている様に、私達講師が目指すのは、選手(塾生)の為の&ldquo;名コーチ&rdquo;です。<br />
石毛選手のお父様は素晴らしいコーチ役を果たされたわけですが、私達講師も、そうした役割を果たさなければ行けません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>塾生が、「苦しさから逃げない生き方を和田塾で学んだ」と言って頂く事も、私達の目標の一つにすべきである事を、石毛選手のインタビューを聞きながら再認識をした所です。</p>
<p><br />
2012.2.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>“反抗期”という言葉</title>
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        <published>2011-12-10T16:05:07+09:00</published>
        <updated>2011-12-10T16:05:07+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">&nbsp;
今日また、&ldquo;反抗期&rdquo;という言葉を耳にしました。
&nbsp;
じつは先日も塾の講師との話で、こんな話があったばかりです。
「受験生の塾生が反抗期で、お母さんが話ができ...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;</p>
<p>今日また、&ldquo;反抗期&rdquo;という言葉を耳にしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>じつは先日も塾の講師との話で、こんな話があったばかりです。<br />
「受験生の塾生が反抗期で、お母さんが話ができない(=コミュニケーションが取れない)ので困っている。私(=講師)が間に入って話をしている」と言う内容です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>和田塾の講師の出番が増えて、またお役に立てて大変嬉しい話でもあるのですが、私は&ldquo;反抗期&rdquo;という言葉を聞くたびに思う事があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&ldquo;反抗期&rdquo;という言葉で子供の課題を片付けてはいけない。と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この言葉を使う事によって、&ldquo;反抗期なんだからしょうがない&rdquo;と、親も周りの大人も、子供達の抱えている課題や問題を、解決しなければいけない課題とわかりつつも&ldquo;あきらめて問題の解決をしようとしない&rdquo;傾向を感じます。 また更に、抵抗力の強い子供に対してこの言葉を使う事で大人が楽になろうと言う感じを受ける事もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>反抗期と呼べるような時期があることはもちろん認めますし、私も親ですから実感として良くわかります。<br />
しかし、反抗期でも、例えば、前述の親と話すべきことは話さなければなりませんし、最低限の生活上のマナーを守らなければ、また、守らせなければいけないはずです。反抗期だからと言って放置する、またはあきらめてはいけないと思うのは私だけでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は心理学や青少年教育の専門家ではありませんが、確かに、反抗期といわれる自我の芽生えの時期や、思春期の時期は、そうでない時に比べて、親そして大人の言う事に反発しがちですし、言う事は素直に聞かない傾向はより強くなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>が、私達大人は、反抗期でない時期にかけるエネルギーの何倍を費やしてでも、するべきことはさせる。守らせることは守らせる。という心構えで子供達に接しなければならないのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私自身も、子供の成長と共に、親としてのしつけや指導が、簡単に行かなくなっている事は感じますし、親の勝手な考えをそのまま受け入れる様な事は無くなってゆく事を実感しています。<br />
親の想いと子供の考えのギャップもどんどん広がってゆきますし、その溝はどんどん深まっていくことも事実でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、それを&ldquo;反抗期&rdquo;という言葉で簡単に片づけてしまうのではなく、真正面から子供と向き合い、時間とエネルギーを掛けて、その溝を埋める努力をすることこそが必要ではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&ldquo;反抗期&rdquo;という言葉で片付けないおとなとして、私自身も日々子供に向き合ってゆきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2011.12.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>自己責任</title>
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        <published>2011-11-10T15:21:30+09:00</published>
        <updated>2011-11-10T15:21:30+09:00</updated>
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            <name>noba</name>
        </author>
        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">
昨日カナダから来られたお客様が、こんな話をされました。
&nbsp;
Aがモノを置き忘れた
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &darr;
Bがそのモノを盗った
&nbsp;
日本では、Bの、「モノを盗った行為」...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p><br />
昨日カナダから来られたお客様が、こんな話をされました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Aがモノを置き忘れた<br />
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &darr;<br />
Bがそのモノを盗った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本では、Bの、「モノを盗った行為」に対して非難が集中する。<br />
Aの、モノを置き忘れた行為には少しの注意。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>カナダでは、Bの、<br />
モノを盗った行為ももちろん非難されるけれども。<br />
Aの、「モノを置き忘れた行為」がかなり非難される</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本は、自らの行為に対する「責任」が希薄の様な気がする。と。<br />
すなわち、自己責任の意識が低い。と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />
少し前も、やはりアメリカと日本の考え方の違いで、こんな話がありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>何か、不十分な理解で起こしたミスに対し、<br />
日本は「理解できませんでした」で済まされるケースが多い気がするけれども、<br />
アメリカでそれを言えば、「なんで理解できるまで聞かなかったんだ？」と強く非難される。<br />
「理解できるまで聞かなかったあなたは責任が大きい」となるんだ。と。<br />
アメリカ社会ではこんなところで「自己責任」を問われる。と。</p>
<p><br />
自己責任と言って良いのか、その言葉が適切かどうかわかりませんが、<br />
最近特にこの「自らの行為で起こった事に対して自らが責任を取る。他人のせいにしない。」という当たり前の事が当たり前で無くなっている傾向が強くなっている気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>働ける健康な若者達が、自分に適した仕事が無いと言ってゲームをしながら、生活ができないと言って生活保護を受ける。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>遊興費のために借金を重ねて苦しくなりながら、金利の高い借金をさせる環境を放置してきた社会が悪いと平気で言う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>毎日のニュース、報道を目にし、耳にすると、悲しい気分にさえなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />
冒頭で日本と海外を比較をしましたが、全て日本が悪くて海外が良いという事でもありません、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、昨年トヨタのプリウスなどのハイブリッド車が急発進、急加速などで死亡事故を何件か起こしたという事件。国レベルでの争いにまでなったこの事件も、トヨタの謝罪と多額の補償、リコールで一応おさまりました。その後の、何ケ月後かにひっそりと発表されたアメリカ側の様々な機関の結論は、トヨタ側にシステム上の不具合はなかったと言うものでした。あの騒ぎはなんだったんだとトヨタは言いたいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これなどは、アメリカの「行き過ぎた感のある消費者保護」の一例かもしれません。<br />
「消費者は何でもメーカー・サービス提供者のせいにすればよい」とでも言えるような、自己責任とはかけ離れた所にあるようなアメリカの姿です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いずれにしても、こうした自己責任が希薄になってゆく背景に、生活の豊かさ。があるのではないかと思います。豊かになって、緊張感が減り、今の幸せは永久に続く。何か問題が起こるとすれば自らにあるのではなく、他にある。といった考え。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>特に、豊かさをつくりだした世代ではなく、既に豊かさの中に生まれ育った世代にこうした考えが広がります。そして、これは、もちろん日本だけでなく、先進国共通の課題と言っても良いでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>豊かさと引き換えに失った緊張感を取り戻さないと、自己責任によるメリハリのある成長はできません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私達、現役の責任世代が、自己責任をしっかりと認識しながら生活しなければ、それを見ている子供達は、更に悲しい結果を見る事になるでしょう。<br />
自らに責任を持って日々生活をしなければならないと思います。</p>
<p><br />
2011.11.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>秋のつぶやき</title>
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        <published>2011-10-09T21:49:16+09:00</published>
        <updated>2011-10-09T21:49:16+09:00</updated>
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        <author>
            <name>noba</name>
        </author>
        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">&nbsp;
&gt;スティーブ・ジョブスが亡くなった
私の心の中ではいつまでも生きつづけます。
&nbsp;
＞秋祭り
各地で開催されています。100年、200年続く祭りが賑やかなのも素晴らしいです...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;</p>
<p>&gt;スティーブ・ジョブスが亡くなった<br />
私の心の中ではいつまでも生きつづけます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞秋祭り<br />
各地で開催されています。100年、200年続く祭りが賑やかなのも素晴らしいですが、今始まってこれから300年続く祭りがどれだろうか？興味があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞秋、高校1年の文理選択<br />
多くの学生や親が悩んでいます。やっぱり日本の受験システムの大きな問題の一つだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞お陰さまで勉強が楽しくなったようです<br />
親御さまから頂いくこうしたお言葉は塾講師の最高のビタミンです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞震災から7カ月<br />
もう7カ月。まだ7カ月。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞放射能<br />
福島視察後「移すぞ」といった閣僚にまだ怒りが収まりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞円高<br />
30年前私が初めてアメリカに行った時のレートは240円。80円以下の今、全ての物が3分の1以下で買えちゃう！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞センター試験<br />
受験料の振込締め切りもあと数日。「大安」を選んだり、縁起のよさそうな名前の郵便局を選んだり・・・全ての塾生が第一志望に受かりますように！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞小沢一郎と支持する政治家たち<br />
国の為にいもういい加減にしたらいかがですか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞クリントン外務長官「減り続ける日本からの留学生増やす」<br />
大賛成！</p>
<p><br />
＞リベリアの女性大統領、エレン・サーリーフさんノーベル平和賞<br />
女性の地位向上に大きな貢献をしたそうです。日本の若者も女性の頑張りが目立ちます。男も頑張れ！と言いたくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞イチロー200本安打ならず<br />
お疲れさまでした。これでよかったと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＞日本の世界最速コンピュータ「京」輸出へ<br />
やっぱり世界一でしょ！　蓮舫さん。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2011.10.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>高校受験における内申点</title>
        <link rel="alternate" type="text/xhtml" href="http://wadajuku.jp/blog/details.php?bid=48" />
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        <published>2011-09-12T08:47:03+09:00</published>
        <updated>2011-09-12T08:47:04+09:00</updated>
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            <name>noba</name>
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静岡県内における高校受験では、内申点が大変重要です。
特に、中学での進路指導の多くは内申点による指導になっていると言われています。また、確実性を求めて一つ下のランクの...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p><br />
静岡県内における高校受験では、内申点が大変重要です。<br />
特に、中学での進路指導の多くは内申点による指導になっていると言われています。また、確実性を求めて一つ下のランクの学校を薦める傾向も依然根強く残っているようです。<br />
<br />
内申点重視、特に、内申点の「総合点重視」とは、簡単に言うと、<br />
「A君は内申点が40だからX高校は難しいけれども、Y高校なら何とか・・・」<br />
「Bさんは内申点が30だから、Z高校に行くためには35位にはしないとね・・・」<br />
といった具合です。<br />
<br />
公には、内申とテストとの総合評価による選考。と発表はされていますが、現実的には、模擬試験の結果と内申点、その合否などの傾向の分析結果を見ると、内申点重視の高校側の選抜結果が見て取れます。<br />
そして、レベルが上がれば上がるほど「内申点で決まる傾向」が弱まりますが、それ以外は内申点が大きなウェイトを占めていることは様々な分析結果で表れています。<br />
<br />
ですから、数学だけがすごく得意。<br />
技術家庭は誰にも負けない。<br />
といった生徒は受験では戦いにくいですし、<br />
<br />
トップ校と言われる進学校に進むためには、<br />
体育や音楽、技術家庭などの実技系の教科もまんべんなく常日頃の高評価を得なければならなくなります。<br />
<br />
この受験スタイルが良いか悪いかは別に議論しなければなりませんが、少なくとも今の静岡県内の受験ではこうした方法が採られている以上、それに対応した受験対策をしなければなりません。<br />
&nbsp;</p>
<p><br />
<span style="font-size: medium"><b>内申点を上げる<br />
</b></span></p>
<p><br />
まずは、内申点を上げる努力をする事。<br />
<br />
先にも述べましたように、主要5教科に限らず、実技系の教科も含め、<br />
・授業への積極参加（発表をするなど）<br />
・通常授業で行われる小テストの点数アップ<br />
・宿題や提出物、レポートに積極的に取り組み期日までに提出する事<br />
・実技テストへの練習<br />
・定期テストの点を上げること（もちろんですよね・・・）<br />
などが、夏休みなどの休暇時も含め、常日頃から必要になります。<br />
<br />
このように、定期テストの結果だけで評価されない内申点アップは、常日頃の努力によってカバーできる部分が多い事を知ることも大切です。<br />
これは、学生として日々努力を重ねると言う、本来すべきことがきちんとできているかどうか。という事が問われていますから、内申点重視の受験の良いところと言えますし、努力をした者が救われやすい仕組みとも言えるでしょう。<br />
<br />
&nbsp;</p>
<p><br />
<b><span style="font-size: medium">内申点と入試テスト、合否の関連分析<br />
</span></b></p>
<p><br />
もう一つ大切なことは、「内申点と入試テストの結果」と「合否」との関連をきちんと把握をしておくこと。です。<br />
前にも述べましたように、進学実績の高いトップ校など、目指す高校によっては「内申点＋入試テスト結果」の、「合否」に与える影響がわかりにくい場合があります。<br />
<br />
私達は、塾の使命として、学校ができない、こうした進路を考える上での「わかりにくい部分」を、データに基づいてきちんと説明し、生徒さんや保護者の皆さんが、適切な志望校選びができるように、また、良い結果が残せるように、アドバイスさせて頂く事が大切であることは言うまでもありません。<br />
<br />
個人指導を貫く和田塾としては、尚更に、塾生お一人お一人の状況に応じて、また、模試などのテスト結果を一人ひとり見つめながら、目的や個性を大切にして、これから本格的に始まる受験シーズンに向けて適切なアドバイスができます様に努力してまいります。<br />
<br />
2011.9.10</p>
<p>大場規之</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>迫られる「文理選択」</title>
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        <published>2011-08-10T15:20:38+09:00</published>
        <updated>2011-08-10T15:20:38+09:00</updated>
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            <name>noba</name>
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        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">&nbsp;
文理選択。
進学校と呼ばれる高校に通う多くの生徒は、1年の秋にこの選択を迫られる事が多く、夏休み前から進路を決める大きな決断として、理系か、文系か、子も親も悩み多き...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;</p>
<p>文理選択。<br />
進学校と呼ばれる高校に通う多くの生徒は、1年の秋にこの選択を迫られる事が多く、夏休み前から進路を決める大きな決断として、理系か、文系か、子も親も悩み多き時間を過ごす事になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>文理選択は、前述のように多くの高校が、大学の受験システム、受験教科等の組み合わせに応じて、高校が受験に適応しやすい様なクラス編成、受講科目選択の為に設けられているケースが多く、私達、塾もそれに応じたアドバイスや対応をする事になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おおざっぱに言うと、(1)大学の受験の仕組み &rarr; (2)受験に合わせた高校の対応 &rarr; (3)受験・高校に合わせた塾の対応。という流れになります。<br />
従って、大学も、高校も、塾も、その流れの中で指導が行われ、もちろん、学生も、家庭も、その「文理選択」の波の中に泳がざるをえなくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: medium"><strong>文・理 選択の基準は？</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>文理選択。自分の進路として、文系か理系を選ぶ場合、何を基準に選ぶでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>数学が得意 &rarr; 理系<br />
古典が得意 &rarr; 文系</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは何となくわかりやすいですね・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>数学は苦手だけれども生物は好き。<br />
社会系は苦手だけれども英語は好き。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・・・ん～ん。困ってきますね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、システム系の仕事に就きたい。と言う時、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>理系に進むべき？<br />
文系でもOKっていうし。。。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、もう一つ。心理学を学びたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実は心理学って、「統計」の世界だって知ってますか？<br />
文系だと思って進路選択したら、苦手な数学をやらなきゃいけない・・・<br />
なんてこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更に・・・外国語。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>英語が得意 &rarr; 文系？ ではないですよね。<br />
英語は、今やどんな分野でも必須ですから。</p>
<p><br />
知れば知るほど、考えれば考えるほど、今の高校の、文系、理系の選択に迷いを感ずるようになるのです。</p>
<p>もちろん、和田塾の各校舎長や講師は、塾生の皆様のそうした悩みへのご相談に、喜んで対応させていただきますのでご相談ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: medium"><big>文理選択への疑問 </big></span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />
皆さんはこの文理選択に疑問をお感じになった事はありませんか？<br />
私は、日本の歴史の中で、文系、理系という分類が生まれ、親しまれていることについて、それはそれでよしとするものの、（どんな分類でも何かしらの問題はあると思いますから）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>-&nbsp;一度文系に進むと理系と言われる世界に進みにくい（文転は可能でも、理転は難しい）<br />
-&nbsp;文系・理系どちらとも言えない生徒が必要以上に悩まされる（その数は増えている）<br />
-&nbsp;選択しなければいけないポイントが、高校の早い段階である事が多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>等の点で、改善されるべき点を多く含んでいるのが今の仕組みだと思います。<br />
おそらく、これらの問題(?)は、多くの高校の、高校側・先生側の指導のしやすさゆえのクラス編成という仕組みが、過去からずっと同じ形で残っている事が影響しているからだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: medium"><big>文理融合 と&nbsp;「個」への対応&nbsp;</big></span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>前述のように、大学の受験対策から生じている事ですので、大学入試のスタイルが変わらないと一朝一夕には変わりえないでしょうが、その大学では、理系・文系と言った分類ではなく、世界標準とも言える、自然科学・人文科学・社会科学といった分類が多くみられますし、さらには、そうした旧来の枠組みにもとらわれない「文理融合の教育」といったものも見られるようになってきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アメリカ等では、リベラルアーツといって、大学4年生まで文理融合型の総合教育を受けられるという仕組みもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高校での文理選択も、より幅を持たせ、例えば「文理にまたがる様な選択」を希望する生徒がいればそれにも柔軟に対応できる、多様な選択システムが広がる日が来る事を願っています。<br />
常にひとくくりで見がちな日本の教育ですが、こうした所でも「個」を見つめた教育が望まれているのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん和田塾は常に「個」を見ています。<br />
どんな対応でも可能です。ご安心ください！</p>
<p><br />
2011.8.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>大人の汚い世界を子供に見せる</title>
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        <published>2011-07-10T20:01:38+09:00</published>
        <updated>2011-07-10T20:01:38+09:00</updated>
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一昨日、故佐野洋子さんの話をテレビで見ました。
皆様は佐野洋子さんをご存知でしょうか？
私は、昨年秋に、絵本作家「100万回生きたねこ」を書いた佐野洋子という方が亡くなられ...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p><br />
一昨日、故佐野洋子さんの話をテレビで見ました。<br />
皆様は佐野洋子さんをご存知でしょうか？<br />
私は、昨年秋に、絵本作家「100万回生きたねこ」を書いた佐野洋子という方が亡くなられたという報道を聞き、テレビやラジオで報道される絵本作家ってどんな人なんだろう？ と思ったくらい、恥ずかしながら全く知らず、今回テレビで20年ほど前にインタビュー録画された物を見たのが初めての出会いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ひと、こども、おとな、人間関係、生きざま・・・などについて、世の中の真実と思えるような事だけども、多くの人はそれを言葉にしない事を、歯に衣着せずさらりと、説得力をもって表現される佐野さんのお話しには引き込まれるものがありました。<br />
その中で、最も印象に残っている事をご紹介します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「子供に、汚いものを見せない事は良くない。世の中はきれいだけではない。汚いものもきれいなものも取り混ぜて現状認識を子供にさせることは大切なこと。子供は子供なりにそれを理解し消化する力がある。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実は、この話は、私が妻と結婚し、子供が生まれた頃から何度か話題にしてきた事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>妻は、&ldquo;子供が小さい頃は汚いものは見ない・聞かない方が良い、成長して理解できる年齢になったら知ればよい&rdquo;という育てられ方で大人になり、<br />
私は、子供のころから大人や社会の汚いものや嫌なものを、良い事きれいな事と併せて、見させられ、聞かされて育ってきました。いや、そうせざるを得ない家庭環境だったと言った方が良いでしょうか。そして、それを親が隠そうとしなかったという背景もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つまり、私達夫婦も、おとなの汚い世界を、できるだけ見せられなく育った妻と、好むと好まざると見せられてきた私と、違いがある訳で、子供にとって、どちらが良いか、について議論をしたこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、頻繁にする夫婦喧嘩も（笑）、昔は、子供の前では見せたくないという妻と、見れば良いという私とがいて、昔はそれ自体でも、もめたものです。今では、なんでも見せる、見れば良い、聞けば良い、聞かせる。ということで決着していますが。（笑）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は、この件に関しては正しい答えはない、いや、人それぞれで違う。と思っています。そして、答えは、子供が成長して大人になった時に、その一人ひとりが出せる事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は、ここで、こうすべき、これが正しいと言うつもりは全くありません。<br />
ただ、今回話題にさせて頂いた一つの例「子供に大人の汚い世界を見せるべきかそうでないか」はたった一つの例に過ぎませんが、これから夏休みに入ります。親と子、おとなとこどもの触れ合う機会が多くなる時です。2011年の夏休みの、親・おとなの言動や、接し方で人生が変わる子どももいるでしょう。<br />
親として、おとなとして、子供にどのように接してゆくか。子どもが大人になった時に&ldquo;良かった&rdquo;という答えを出してもらえるように。子供達の為に何が良いかをしっかりと考えて、自分の方針をしっかりと持って、接してゆきたいものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2011.7.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>「代表的日本人」</title>
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        <published>2011-06-10T11:10:08+09:00</published>
        <updated>2011-06-10T11:10:08+09:00</updated>
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        <summary type="html" xml:base="http://wadajuku.jp/" xml:lang="ja">&nbsp;
先月末、ある方から、
ダイヤモンド経営者倶楽部が制作している「ビジネスプラネット」というサイトに、お薦めの書籍を紹介する「今週の一冊」というコーナーへの寄稿の依頼...</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wadajuku.jp/">
<![CDATA[<div><p>&nbsp;</p>
<p>先月末、ある方から、<br />
ダイヤモンド経営者倶楽部が制作している「ビジネスプラネット」というサイトに、お薦めの書籍を紹介する「今週の一冊」というコーナーへの寄稿の依頼が来ました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>寄稿と言うのは、私の得意としない分野ですが、せっかくの機会ですから・・・とお引き受けしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これまでの、同サイトの「お薦めの書」は最近発刊された物が多く、聞きなれたタイトルが多かったので、思い切り角度を変えて、古～い、本をと思い、岩波の「代表的日本人」という本をお薦めする事にしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以下、その内容です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>100年以上も前に、日本人自らによる、日本そして日本人の素晴らしさを海外に知らしめた「Representative Men of Japan」の和訳です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1908年、著者（内村鑑三）が「わが国民の持つ多くの美点に、私は目を閉ざしていることはできません」と出版されたその想いが、今もなお力強く伝わってきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アメリカ大統領のケネディやクリントンが、理想の政治家として、上杉鷹山（ようざん）を挙げるのはこの本の影響だと言われていますが、国難に直面していると言われる今、「人としての生き方」について、改めて襟を正し、姿勢を正すこと。「日本や日本人」を改めて見直し、厳しさの中、自らが強く生きる&ldquo;気付き&rdquo;を与えてくれるに違いありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>序文での著者の「自分の事を世界に言い表すに当たり『外国語』を用いなくてはならない立場は、当然栄誉な事ではありません。なぜなら、それにより自国語が通用する世界の『狭さ』を認める結果になるからであります。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>という言葉に秘められた、今に生きる私達の多くが忘れかけた、著者そして日本人の魂と誇りを感じます。もちろん、その後日本が向かう帝国主義への思想とはかけ離れた崇高なメッセージです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以上が、同サイトへの紹介文です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この本では、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5名を代表的日本人として紹介し、その生き方を、筆者なりの視点で表現をしています。<br />
その内容の良し悪しや、史実に基づいているかどうかはさておき、私達日本に生まれ育った一人として、彼らの生き方を短く紹介しているこの本を読むと、日本人としての拠り所や、原点を、改めて見つめ直す機会を提供してくれます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、日本人で良かったと。自らの自信にもつながる一つの力を与えてくれます。<br />
ぜひ一度読んでみて下さい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以下、掲載されたサイトです&darr;<br />
<a href="http://exec.busipla.net/book/"><a href="http://exec.busipla.net/book/" target="_blank">http://exec.busipla.net/book/</a></a></p>
<p><br />
2011.6.10<br />
大場規之<br />
&nbsp;</p></div>]]>
       </content>
    </entry>
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